神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1090号 判決
原告
三洋交通株式会社
被告
古川喜章
主文
一 原告と被告間において、原告の被告に対する別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
一 当事者双方の求めた裁判
1 原告
主文第一、第二項同旨。
2 被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
二 当事者双方の主張
1 原告の請求原因
(一) 別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。
(二) 原告は、本件事故当時、原告車の所有者であり、運行供用者責任を負う立場にあつた。
(三) 被告は、本件事故により、頭部、頸部、腰部挫傷を受けたとして、右事故当日、小原病院に入院した。
(四) しかしながら、本件事故は、非常に軽微なものであり、被告に外傷を生ずる可能性が全くなかつた。
その理由は、次のとおりである。
(1) 原告車の運転者訴外福田こと呉永秀は、本件事故直前、被告車が本件交差点で信号待ちのため停止していたので、その後方に原告車を停止していたところ、右呉において運転日報の記載に気をとられ、漫然ローギヤーに入れフツトブレーキを踏んでいたところ両足の力がゆるみ半クラツチ状態になつた。そのため、原告車が徐々に前進し、本件事故が発生した。右事故発生までの右経緯から見て、右事故当時における原告車の追突速度は、時速三キロメートル以下であつた。
なお、被告車は、右事故によつても、右停止位置から前方へ移動しておらず、右両車両は、密着して停止していた。
(2) 原告車被告車とも、本件事故による擦過痕すらなく、勿論明らかな破損個所もなく、いずれの車両とも、右事故後修理の必要がなかつた。
(五) しかるに、被告は、前叙のとおり本件事故当日から前叙病院へ入院し、同人が右事故により受傷し損害を受けた旨主張している。
(六) よつて、原告は、本訴により、原告の被告に対する本件事故に基づく損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。
2 請求原因に対する被告の答弁及び抗弁
(一) 答弁
請求原因(一)ないし(三)の各事実は認める。同(四)1中本件事故が発生したことは認めるが、同(四)のその余の事実及び主張は争う。同(五)の事実は認める。同(六)の主張は争う。
(二) 抗弁
(1) 原告車は本件事故直前時速一二キロメートルないし一三キロメートルで進行し、右事故現場手前の停止個所で停止すべきであつたのに、これを無視して進行し続け、右事故を惹起した。
なお、被告車の被追突個所は、同車両の後部左側バンパーであり、右事故により同個所が破損した。
(2) 被告は、右事故により、頭部、頸部、腰部挫傷の傷害を受けた。
(3) 被告の本件損害は、次のとおりである。
(イ) 治療費 金七四万二四八〇円
ただし、小原病院における昭和六三年六月九日から同年七月八日までの入院治療費
(ロ) 治療に伴なう諸経費 金七万四二〇〇円
(ハ) 休業損害 金五三万六二一六円
ただし、昭和六三年八月三一日現在における八〇日分
(ニ) 慰謝料 金二八万八〇〇〇円
合計 金一六四万〇八九六円
3 抗弁に対する原告の答弁
抗弁事実(1)中本件事故が発生したことは認めるが、同(1)のその余の事実は否認。原告車の右事故発生までの動向原告車と被告車の右事故による破損状況は、請求原因(四)(1)、(2)のとおりである。抗弁事実(2)、(3)の各事実はいずれも否認。
三 証拠関係
本件記録中の書証、証人等各目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因(一)ないし(三)の各事実、同(四)(1)中本件事故が発生したこと、同(五)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、被告の抗弁について判断する。
1 抗弁事実(1)中本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
2(一) 被告が主張する、本件事故発生に至るまでの原告車の動向については、これを直接認めるに足りる証拠はないし、関節的にこれにそう証拠として、被告本人尋問の結果があるが、被告本人の右供述は、後掲各証拠及びこれに基づく後叙認定各事実と対比して、にわかに信用することができず、他に右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。
かえつて、成立に争いのない甲第一号証、証人福田こと呉永秀の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外福田こと呉永秀(以下、訴外呉という。)は、本件事故直前、原告車を運転して本件交差点東側入口付近に至つたが、自車の先行車両である被告車が右交差点における対面信号機の標示が赤色から青色に変わるのを待ち停止中であつたことから、原告車をも被告車の後方約四メートル付近に停止させたこと、訴外呉は、原告車のギヤーをローに入れサイドブレーキは引かず左足でクラツチを踏み右車両を停止させていたこと、同人は、右停止中右車両の室内灯をつけ、運転日報に所定事項を記入していたところ、右作業に夢中になり、その左足が浮き、右車両が半クラツチの状態になり徐々に前進を始めたこと、原告車が、右の状態で約四メートル前進し、本件事故が発生したこと、原告車の右追突時における速度は、大きく見積つても時速約四キロメートルであつたこと、右事故後、原告車の前部と被告車の後部とが密着した状態で停止していたことが認められる。
(二) 被告が主張する、被告車の本件事故による損傷については、これにそう証拠としては、被告本人尋問の結果以外になく、被告本人の右供述は、後掲各証拠及びこれに基づく後叙認定各事実と対比してにわかに信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
撮影対象については争いがなく、その余の付陳事実については証人坂井光男及び被告本人尋問の結果によりこれを認め得る検乙第一号証については、右写真内容自体から未だ被告の右主張事実を肯認するに至らないし、更に右証人の証言により認められる後叙認定事実に照らしても、右写真をもつて直ちに被告の右主張事実を肯認するに足りる証拠とすることはできない。
かえつて、前掲甲第一号証(ただし、右記載内容中原告車被告車の損害に関する部分を除く。)、撮影対象については争いがなく、その余の付陳事実については弁論の全趣旨からこれを認め得る検甲第一ないし第五号証、証人目瀬勝利、同坂井光男、同呉永秀の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、兵庫県東灘警察署司法警察員警部補訴外目瀬勝利は、本件事故の翌日である昭和六三年六月一〇日本件事故現場付近において右事故の実況見分を実施し、原告車と被告車の破損状況をも合せて見分したが、その際、同人は、右両車両に明らかな破損個所を認めず、ただ原告車の前部ナンバープレート付近に若干の擦過痕を、被告車の後部ナンバープレートの右下付近に同様の擦過痕を認め得るに過ぎなかつたこと、訴外坂井光男は、本件事故当時被告が勤務していた訴外文化タクシーにおいて、同会社の交通事故にともなう対外接衝業務を担当していたものであるが、同人は、本件事故当日の朝被告からの連絡で右事故を知り、直ちに被告とともに被告車の破損状況を調べたが、被告の指示する個所に同人が述べるような破損個所を認め得ず、かえつて、右指示の反対個所が僅かに押されたことを窺わせる押損を認めたにとどまつたこと、右訴外坂井は、右状況を保存しておくため、右調査後訴外文化タクシーの板金業務担当者に命じて被告車の写真(検乙第一号証。ただし、朱色で記入した線を除く。)をとらせたこと、訴外坂井は、本件事故の右実況見分に立会い、その際、前叙目瀬勝利の見分結果を聞き、訴外坂井自身も、原告車被告車には修理を必要とする程度の損傷が存在しないことを確認したこと、訴外坂井は、本件事故後、訴外文化タクシーの従業員で被告車を被告と交互に使用していた相勤者から、同人が本件事故前右車両に乗務した際既に右車両の後部ナンバープレート右下付近に極少の損傷があつた旨の申述を受けたこと、訴外坂井は、その後職務上上司に報告するに際し、右各事実に基づき、被告が本件事故に遭遇したところ被告車には外見上異常がない旨の報告をし、一方、原告の交通事故処理担当係訴外三津井忠敏と電話で本件事故についての意見を交換した際、同人から被告車の損傷状況を尋ねられたので、被告車の方はどうもない旨応答したこと、被告車は、本件事故後、全然修理を受けていないこと、訴外坂井は、被告が本件事故後入院したことを聞き入院先の前叙病院へ見舞に赴いたが、その際、被告が車いすに乗り看護婦に押してもらつて入室して来たこと、訴外坂井は、被告の右姿を見て、被告車の本件事故による前叙損傷状況から見て奇異の念を抱き、その旨を被告に伝えたこと、訴外文化タクシーは、本件事故の前叙内容から、被告に対し、同人の右入院は認められない、同人の右入院による休業は右会社と無関係である旨通告し、同人に対する休業補償を拒否していることが認められる。(なお、前掲甲第一号証中の右認定に反する前掲記載部分は、右各証拠と対比してにわかに信用することができない。)
3 叙上の認定説示から、被告が主張する本件事故内容は、これを肯認することができない。
かえつて、前叙認定各事実を総合すれば、右事故の内容程度は、極めて軽微であつたというのが相当である。
4 更に、被告は、同人において本件事故により頭部頸部腰部挫傷の傷害を受けた旨主張するところ、右主張事実にそう証拠として、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証、被告本人尋問の結果がある。
しかしながら、次の理由から、被告の右主張事実は、これを肯認するに至らない。
(一) 確かに、右乙第一号証(診断書)には、被告が本件事故により右主張にかかる傷害を受けたとの記載がある。
しかし、右文書自身から、右診断に先立つて被告に実施されたと推認されるレントゲン写真、脳波の各検査結果に異常がなかつたこと、右診断が専ら被告の愁訴に基づいてなされたものであることが認められるのであり、右認定各事実に前叙認定にかかる本件事故の内容程度、関係車両の損傷状況を合せ考えると、右診断の基礎となつた被告の症状は、同人の自覚的なものであつて、同人の心因性によるものである、したがつて、被告の右傷害と本件事故との間に相当因果関係の存在は、これを肯認し得ないというのが相当である。
(二) 被告の右主張事実にそう供述は、前叙認定にかかる本件事故の内容程度、関係両車両の損傷状況等に照らし、にわかに信用することができない。
(三) 他に被告の右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
5 よつて、被告の抗弁は、その余の内容について当否の判断を加えるまでもなく、右説示にかかる被告の本件受傷の存在の点で既に理由がない。
三 以上の次第で、原告の被告に対する本件事故に基づく損害賠償債務は存在しないというべきである。
よつて、原告の本訴請求は、全て理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥飼英助)
事故目録
発生日時 昭和六三年六月九日午前一時四〇分頃
発生場所 神戸市東灘区御影石町三丁目一一番地一五号先交差点東側手前路上
原告車 福田こと呉永秀運転の普通乗用車(原告所有タクシー)
被告車 被告運転の普通乗用車(訴外文化タクシー所有タクシー)
事故の態様 原告車が、右交差点東側手前で信号待ち停止中の被告車に追突したもの
以上